近年、地球温暖化や生物多様性の喪失など、環境問題への意識が高まる中で、観光においても環境保護を重視する「エコツーリズム」が注目されています 1。しかし、エコツーリズムは本当に環境に優しいのでしょうか?本稿では、エコツーリズムの定義と目的、環境・地域社会・経済への影響、成功例と失敗例、課題と今後の展望などを多角的に考察し、持続可能な観光のあり方について探求していきます。
エコツーリズムという言葉が初めて登場したのは1983年で、メキシコの環境保護活動家ヘクター・セバロス・ラスクラン氏が提唱したと言われています 1。その後、1992年のリオデジャネイロサミットで「持続可能な開発」が国際的な目標として掲げられたことを契機に、エコツーリズムは世界的に広がりを見せました。
エコツーリズムとは何か?
エコツーリズムとは、地域ぐるみで自然環境や歴史文化など、地域固有の魅力を観光客に伝えることにより、その価値や大切さが理解され、保全につながっていくことを目指していく仕組みです。観光客に地域の資源を伝えることによって、地域の住民も自分たちの資源の価値を再認識し、地域の観光のオリジナリティが高まり、活性化させるだけでなく、地域のこのような一連の取り組みによって地域社会そのものが活性化されていくと考えられます 2。環境省は、エコツーリズムを「私が変わる」「地域が変わる」「そしてみんなが変わる」という3つの視点から捉えています 2。
- 「私が変わる」: 自然の美しさ・奥深さに気づき自然を愛する心が芽生え、地球環境問題や環境保全に関する行動につながっていく
- 「地域が変わる」: 地域固有の魅力を見直すことで、地元に自信と誇りを持ち生き生きとした地域になる
- 「そしてみんなが変わる」: 私たちの自然や文化を守り未来への遺産として引き継いでいく 活力ある持続的な地域となる
エコツーリズムと責任ある観光
エコツーリズムは、単に自然を楽しむだけでなく、その地域への責任を伴う観光のあり方である「責任ある観光」 3 とも深く関連しています。責任ある観光とは、観光客が旅行中に環境や文化に配慮し、その地域の自然や文化を尊重する行動をとることを指します。具体的には、ゴミを適切に処理すること、地域の文化や習慣を尊重すること、地元の経済に貢献することなどが挙げられます。
エコツーリズムが環境に与える影響
エコツーリズムは、環境保護を目的とした観光ではありますが、その影響は一概に肯定的なものばかりではありません。観光客の増加は、環境への負荷を増大させる可能性も孕んでいます。
肯定的な側面
- 環境保護意識の向上: エコツーリズムは、観光客に自然環境の重要性を認識させ、環境保護への意識を高める効果が期待できます。例えば、自然ガイドによる解説や、環境保護活動への参加を通して、観光客は自然の大切さを実感し、環境問題への関心を高めることができます 4。
- 自然環境の保全: エコツーリズムによって得られた収益を自然保護活動に還元することで、自然環境の保全に貢献することができます。例えば、国立公園の入場料や、エコツアーの参加費の一部を自然保護活動に充てることで、自然環境の維持管理や、希少種の保護に役立てることができます 5。
- 環境教育: エコツーリズムは、観光客に環境問題について学ぶ機会を提供し、持続可能な社会の実現に貢献することができます。例えば、エコツアーの中で、地域の自然環境や生態系について学ぶプログラムを組み込むことで、観光客の環境リテラシーを高めることができます 4。
否定的な側面
- 観光公害: 観光客の増加による騒音、ゴミ問題、自然破壊など、環境への負荷が生じる可能性があります。特に、自然環境が脆弱な地域では、観光客の増加による影響が大きくなる可能性があり、注意が必要です 6。
- 生態系への影響: 希少な動植物の生息地への侵入や、観光客による動植物への影響など、生態系を乱す可能性があります。例えば、観光客が不用意に動植物に触れたり、餌を与えたりすることで、動植物の行動や生態系に悪影響を与える可能性があります 7。
- 資源の消費: 宿泊施設や交通機関の利用によるエネルギー消費、水資源の消費など、環境負荷が生じる可能性があります。特に、観光客の増加に伴い、宿泊施設や交通機関の需要が高まると、エネルギー消費量や水使用量が増加し、環境への負荷が大きくなる可能性があります。
エコツーリズムが地域社会や経済にもたらす影響
エコツーリズムは、地域社会や経済にも様々な影響をもたらします。地域経済の活性化や雇用創出などの positive な側面がある一方で、観光客の増加による地域住民との摩擦や生活環境の悪化など、 negative な側面も存在します。
肯定的な側面
- 地域経済の活性化: 観光客の増加による消費活動、雇用創出など、地域経済の活性化に貢献することができます。例えば、宿泊施設、飲食店、土産物店などの観光関連産業が発展することで、地域の雇用機会が増加し、地域経済が活性化します 1。
- 地域住民の意識向上: 地域の魅力を再認識することで、地域住民の郷土愛や地域への関心を高めることができます。例えば、エコツーリズムを通して、地域住民が自分たちの住む地域の自然や文化の価値を再認識することで、地域への愛着や誇りを高めることができます 1。
- 文化の継承: 伝統文化や生活様式を観光客に伝えることで、文化の継承に貢献することができます。例えば、地域の伝統芸能を披露したり、伝統工芸品を販売したりすることで、観光客に地域の文化に触れてもらう機会を提供するとともに、文化の継承にも貢献することができます 8。
否定的な側面
- 地域住民との摩擦: 観光客の増加による生活環境の変化、価値観の相違など、地域住民との摩擦が生じる可能性があります。例えば、観光客の増加による交通渋滞や騒音、ゴミ問題などが発生することで、地域住民の生活環境が悪化し、不満が高まる可能性があります。
- 伝統文化の変容: 観光客向けに伝統文化が変容したり、商業化されることによる弊害が生じる可能性があります。例えば、観光客のニーズに合わせて伝統芸能の内容が変更されたり、伝統工芸品が大量生産されることで、本来の文化的な価値が失われる可能性があります。
- 生活環境の悪化: 観光客の増加による交通渋滞、騒音、ゴミ問題など、生活環境が悪化する可能性があります。特に、観光客が集中する地域では、道路の混雑や騒音、ゴミの増加などが深刻化し、地域住民の生活に悪影響を及ぼす可能性があります 7。
- オーバーツーリズム: 過剰な観光客の訪問は、観光地の環境や文化に悪影響を与えるだけでなく、地域住民の生活にも悪影響を及ぼす可能性があります。例えば、観光客の増加による物価の上昇や、住宅不足などが発生することで、地域住民の生活が圧迫される可能性があります 7。
エコツーリズムの成功例と失敗例
成功例
- 小笠原諸島: ホエールウォッチング協会による自主ルール設定、観光客とクジラの距離、エンジン音、時間などを決めることで、観光客によるクジラへの影響を最小限に抑えながら、観光と自然保護の両立を実現しています 9。また、小笠原諸島では、観光客が自然環境に与える影響を最小限にするため、入域制限やガイドの同行を義務付けるなどの対策を講じています。
- 白川郷: 世界遺産の合掌造り集落で、伝統文化や自然環境の重要性を伝える活動を行い、観光と保護が一体となったエコツーリズムを実践しています 4。白川郷では、地域住民が主体となって観光客の受け入れ体制を整備し、観光客に伝統文化や自然環境について理解を深めてもらうための活動を行っています。
- 石垣島: サンゴ礁の保護を目的としたエコツーリズムで、観光客に環境教育を提供し、観光収益の一部を地域の環境保護活動に充当しています 4。石垣島では、ダイビングやシュノーケリングなどのマリンスポーツを楽しむ観光客に対して、サンゴ礁の生態系や保全の重要性について学ぶ機会を提供しています。
失敗例
具体的な失敗事例は示されていませんでしたが、エコツーリズム推進における課題として、自然環境保全と観光振興のバランスをとることの難しさや、エコツアーを行うガイドの確保の難しさなどが挙げられています 10。例えば、観光客の増加によって自然環境が破壊されたり、地域住民との摩擦が生じたりするケースも少なくありません。
エコツーリズムの課題と今後の展望
課題
- 自然環境保全と観光振興の両立: エコツーリズムは、自然環境の保全と観光振興の両立が求められますが、そのバランスを維持することは容易ではありません 10。観光客の増加は、地域経済の活性化に貢献する一方で、環境への負荷を増大させる可能性も孕んでいます。
- ガイドの育成: 質の高いエコツアーを提供するためには、地域の自然や文化に精通したガイドの育成が不可欠です 11。しかし、ガイドの育成には時間と費用がかかり、人材の確保も容易ではありません。
- 地域住民の理解と協力: エコツーリズムの成功には、地域住民の理解と協力が不可欠ですが、観光客の増加による生活環境の変化など、地域住民との摩擦が生じる可能性もあります 12。
今後の展望
- 持続可能な観光への移行: エコツーリズムは、持続可能な観光を実現するための重要な手段として、今後も発展していくことが期待されます。
- 地域活性化への貢献: エコツーリズムは、地域経済の活性化、雇用創出、地域住民の意識向上など、地域活性化に貢献することができます。
- 新たな観光の創造: IT技術の活用や、新たな体験型観光の開発など、エコツーリズムは、観光の多様化に貢献することができます。
持続可能な観光とは何か、エコツーリズムとの違い
持続可能な観光とは、「訪問客、産業、環境、受け入れ地域の需要に適合しつつ、現在と未来の環境、社会文化、経済への影響に十分配慮した観光」 13 を意味します。エコツーリズムは、持続可能な観光を実現するための具体的な手段の一つと言えます。
| Feature | Ecotourism | Sustainable Tourism |
|---|---|---|
| 定義 | 自然環境や歴史文化など、地域固有の魅力を体験し、学ぶとともに、その保全に責任を持つ観光 14 | 訪問客、産業、環境、受け入れ地域の需要に適合しつつ、現在と未来の環境、社会文化、経済への影響に十分配慮した観光 13 |
| 目的 | 自然環境の保全、地域経済の活性化、文化の継承 | 環境、社会、経済の持続可能性を確保しながら、観光による利益を最大化 |
| 範囲 | 自然環境を重視した観光 | より広範な範囲を対象とし、環境、社会、経済のバランスを重視 |
エコツーリズムは、自然環境に焦点を当てた観光であるのに対し、持続可能な観光は、より広範な概念であり、環境、社会、経済のバランスを重視した観光といえます 15。日本エコツーリズムセンター(エコセン)は、エコツーリズムを推進することで、地域の自然環境や文化を守りながら、観光客に質の高い体験を提供し、地域経済の活性化にも貢献できると考えています 1。
テクノロジーとエコツーリズム
近年、ドローンやデータ処理ソフトなどの技術の進歩は、エコツーリズムの分野にも新たな可能性をもたらしています。例えば、ドローンを用いて空から広範囲の自然環境を撮影することで、従来の方法では困難であった生態系の調査や、観光資源のモニタリングなどが可能になりました 16。また、データ処理ソフトを活用することで、観光客の行動パターンや、環境への影響などを分析し、より効果的なエコツーリズムの推進に役立てることができます。
新型コロナウイルス感染症の影響による観光の変化と、エコツーリズムの関連性
新型コロナウイルス感染症の拡大は、観光産業に大きな影響を与えました。3密回避の観点から、自然豊かな場所への旅行や、少人数での旅行など、エコツーリズムの考え方に合致した観光スタイルが見直されています 17。
コロナ禍で顕在化した観光の課題としては、オーバーツーリズムによる観光公害、観光客の集中による地域住民への負担、感染症拡大のリスクなどがあります。これらの課題解決には、エコツーリズムの考え方が有効であると考えられます。具体的には、観光客の分散化、自然環境への負荷の軽減、地域住民との共存など、エコツーリズムが目指す持続可能な観光の principles は、コロナ禍で生まれた新たな課題にも対応できる可能性を秘めています。
環境保護と観光振興の両立に向けて、エコツーリズムがどのように貢献できるのか
エコツーリズムは、環境保護と観光振興の両立に向けて、以下のような貢献ができます。
- 環境保護意識の向上: エコツーリズムを通じて、観光客の環境保護意識を高め、持続可能な観光への理解を深めることができます。
- 地域経済の活性化: エコツーリズムは、地域経済の活性化に貢献するとともに、雇用創出や地域住民の所得向上にもつながります 6。
- 地域社会の持続可能性: エコツーリズムは、地域社会の文化や伝統を守り、自然環境と調和した持続可能な地域づくりに貢献することができます 18。
結論
エコツーリズムは、環境保護と観光振興を両立させるための有効な手段となりえます。しかし、その実現には、自然環境への配慮、地域住民との共存、質の高いエコツアーの提供など、様々な課題を克服していく必要があります。
新型コロナウイルス感染症の影響により、観光のあり方が大きく変化する中で、エコツーリズムは、新たな観光のスタイルとして、持続可能な社会の実現に貢献していくことが期待されます。観光客、地域住民、そして観光事業者が一体となって、エコツーリズムの理念を共有し、持続可能な観光を実現していくことが、観光の未来を創造する上で重要です。
引用文献
1. エコツーリズムとは?グリーンツーリズムとの違い、メリットや日本・海外の取り組み事例をわかりやすく紹介 – Spaceship Earth, 12月 28, 2024にアクセス、 https://spaceshipearth.jp/ecotourism/
2. エコツーリズムとは – 環境省, 12月 28, 2024にアクセス、 https://www.env.go.jp/nature/ecotourism/try-ecotourism/about/
3. 責任ある観光~エコツーリズム | ecojin(エコジン) – 環境省, 12月 28, 2024にアクセス、 https://www.env.go.jp/guide/info/ecojin/feature1/20240403.html
4. エコツーリズムの可能性 – 歴史から未来展望まで、日本の具体例で解説, 12月 28, 2024にアクセス、 https://maricablog.standwave.jp/?p=1533
5. エコツーリズムとは?取り組み事例・メリットや課題をわかりやすく解説 – GREEN NOTE, 12月 28, 2024にアクセス、 https://green-note.life/5217/
6. エコツーリズムとは?メリットや日本・海外での取り組み事例をわかりやすく解説 – Sustineri, 12月 28, 2024にアクセス、 https://sustineri.co.jp/column/ecotourism/
7. 観光客急増で発生する「オーバーツーリズム」 地域住民の暮らしに与える影響とその対策とは, 12月 28, 2024にアクセス、 https://eleminist.com/article/1070
8. 地域住民と旅行者が共感!エコツーリズムの魅力とは? – シェアベースマッチング, 12月 28, 2024にアクセス、 https://match.sharebase.jp/article/153
9. エコツーリズムに関する国内外の取組みについて – 環境省, 12月 28, 2024にアクセス、 https://www.env.go.jp/council/22eco/y220-01/mat_03.pdf
10. エコツーリズムの課題と事例 | 自然環境保全と観光の関係・両立させるための取り組み | 訪日ラボ, 12月 28, 2024にアクセス、 https://honichi.com/news/2020/03/30/ecotourismkadai/
11. 里山エコツーリズムの実施例から学ぶ課題や改善点 – Operation Green, 12月 28, 2024にアクセス、 https://operationgreen.info/eco-tu-rizumu/
12. エコツーリズム推進に関する検討会 報告書 平成 27 年1月 エコツーリズム推進に関する検討 – 環境省, 12月 28, 2024にアクセス、 https://www.env.go.jp/nature/ecotourism/try-ecotourism/env/review/images/document/kentoukai_201501.pdf
13. www.jnto.go.jp, 12月 28, 2024にアクセス、 https://www.jnto.go.jp/projects/overseas-promotion/theme/sustainable-tourism.html#:~:text=%E3%82%B5%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%8A%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%84%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0%E3%81%A8%E3%81%AF,%E8%A6%B3%E5%85%89%E3%80%8D%E3%82%92%E6%84%8F%E5%91%B3%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
14. www.env.go.jp, 12月 28, 2024にアクセス、 https://www.env.go.jp/nature/ecotourism/try-ecotourism/about/#:~:text=%E3%82%A8%E3%82%B3%E3%83%84%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81%E5%9C%B0%E5%9F%9F,%E7%9B%AE%E6%8C%87%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%8F%E4%BB%95%E7%B5%84%E3%81%BF%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82
15. サステナブルツーリズムとは? 背景と国際認証、日本・海外の事例紹介 – ELEMINIST, 12月 28, 2024にアクセス、 https://eleminist.com/article/392
16. 「エコツーリズム」 – 日本環境アセスメント協会, 12月 28, 2024にアクセス、 https://jeas.org/wp-content/uploads/photos/964.pdf
17. コロナ禍で注目度が高まるエコツーリズムとは? 【公式】Japan ticket, 12月 28, 2024にアクセス、 https://japanticket.com/column/visito-to-japan/try-ecotourism/
18. サステナブルな観光コンテンツの 実践に向けた事例集 – 国土交通省, 12月 28, 2024にアクセス、 https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001595025.pdf


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